蒼夏の螺旋

   “モヒートの夏”
 



そりゃあそりゃあ暑かった夏は、
猛暑日が続くわ、熱帯夜は続くわ、
そうかと思えば突然の豪雨や突風が襲うわ、
此れでもかという大暴れをした挙句、
いやにそっけなく秋を連れてきたことでも東京の人々を慌てさせた。

 「まだ八月中だってのに、何だよ この急降下。」

どうせきっと、九月になれば
さあて一体何のお話かしらなんてノリで、
知らん顔して蒸し暑い残暑が戻って来るんだぜ…なんて。
わざとらしくも芝居がかった声音を作り、
大慌てで引っ張り出したらしい、少し大きめのTシャツを腕まくりして、
コンロにかけた鍋を菜箸で掻き回すルフィであり。

 「朝晩は順当に涼しくなって来てたじゃないか。」

虫の声だって聞こえ始めていたようだしと、
カウンターの向こうから、
屈強精悍な旦那様が 合いの手のような言いようを差し挟む。
傍若無人だった夏を庇う義理はないのだが、
内心でほんの少しほど、このいきなりの気温の低下に肩入れしたい彼だったようで。
通年でお元気な奥方はだが、微妙に暑いのが苦手ならしく。
ハグも抱っこも嫌いじゃない、どちらかといや甘えるの大好きな性分だが、
連日の蒸し暑さへもそれは正直に対処をして見せ。
暑いから引っ付くなと言わんばかり、
寝たままふんぐぐぐ…とこちらの胸板を押しのけたり、
蹴り飛ばそうとして、だが重さで負けてか、
自分がベッドと壁の隙間へはまってしまったり。
それはちょっとひどくないかい?と
どんな鬼瓦頑固オヤジ系の昔かたぎな職人さんでも、
頑張って頑張ってほぼ必ず口説き落とす、粘りのロロノア係長が
その分厚い胸をぐっさりと打ち抜かれるものか、
何とも悲痛なお顔になってしまうよな寝相を
さんざんにご披露してくれた晩も多かったこの夏だったので。

 “涼しくなってくれて助かってるくせによ。”

恩恵を受けているのは他でもないルフィ自身ではないかと言いたいところだが、
そこまで言っては大人げないのも重々承知。
珍しくも早めに帰宅出来たそのまま、
夕食の支度に忙しい奥方を邪魔しないよう、
こちらはこちらで ダイニングテーブルの上へ
彼にできる配膳というのを手掛けておいで。

 「出来たぞ、チキン南蛮と一口ヒレカツvv」

大きめの鶏もも肉のフライは
自家製タルタルソースをかける前、ちゃんと甘酢のたれにつけてある正統派。
水にさらしたスライスオニオンとちぎったレタスとを
わさわさっと合わせて大皿に敷いて、
プチトマトをアクセントにと散りばめたその上へ
メインをどんどどんとダイナミックに盛り付けたのを
テーブルまで運んでくると、

 「あと、カボチャも煮たんだvv」

小野寺さんチの奥さんからお裾分けしてもらった、
凄げぇ甘くて美味いのだぞと、
キッチンへと引き返してゆき、
揚げ物の傍らについでに手掛けたらしい枝豆を茹でたのも
ほぉれほれと明るいダイニングへ持ってくる。
なかなかに手際のよくなった奥方だが、それを言ったら旦那様も負けてはいない。

 「今日は飲むか? これ。」
 「あっ、うんうん、飲む飲むvv」

ゾロがほれほれとかざして見せたのは、ちょっぴり厚手の透明なグラス。
側面には八角形になるようにというカットがなされており、
氷を目いっぱい入れてがしゃがしゃ掻き回しても安心の丈夫さなので、
普段はアイスラテなぞ飲むのに使っているそれだが、
こんな時間帯、夕食で使うといったら“晩酌”用であり。

 「ちょっと待ってな。」
 「うん♪ あ、ビールの後 冷酒飲むのか?」

気を利かせたような言いようをしつつも、
テーブルに手をついてわくわくと
幼子のようにゾロの手元を覗き込む態度のままな辺り、
直接言わなきゃ動き出さないのが見え見えで。

 “ま、いいんだがな。”

まずはグラスにざっくり切ったライムを入れて、
砂糖をティースプーンに一杯ほど加え、
細いめの摺りこぎかマッシャーでゴリゴリと潰し、
ライムの果汁に砂糖をよぉく溶かす。

 「いい匂いだなぁvv」

レモンに似てるけど、ちょっと大人の匂いがすると、
ワクワクがにじみ出てきそうな笑顔で話しかけてくる奥方なのへ、

 “うわぁ、そんな美味しそうな顔するか、おい。/////////”

惚れた弱みなんていう身贔屓がなくたって
吸い込まれてしまうじゃないかと、息を飲みかかり、
いやいや手を止めちゃあ渋くなると我に返った御亭殿。
グラスへミントを入れて、
今度は香りがたつ程度に優しく潰し、
そこへクラッシュアイスとラムを入れ、マドラーでよく混ぜて。
最後にソーダを足して、炭酸が消えない程度に優しく掻き混ぜたら

 「やたっ、モヒートっvv」

完成した爽やかそうな飲み物へ、
余程のこと嬉しいか、
テーブルに手をついたまま、ピョンピョンと飛び跳ねかかる腕白さん。

 「ああこらこら、食器が揺れるぞ。」

一応はアルコール飲料だというに、
それへとはしゃぐルフィなのへ、もっとずっと幼い子供相手みたいに窘めてから、
自分用にはまずはのビールの缶を手にすると、
グラスの縁へこつんとぶつけたゾロ。

 「こういうのは涼しくなっても当分は飲めようから。」
 「そうなのか?」

向かい合わせについた席。
手を伸ばしてきて、氷の中に覗くミントの緑が何とも涼やかなドリンクと、
それへの見解だろう、ゾロの言いようを交互に見やった小さな奥方だが、
実を云や、お酒の類を飲むようになったのはこのモヒートがお初であり、

 『そんな苦いの、どうして美味しいんだよ。』

正確には、それはそれは美味しそうに “んっかーっ♪”とあおりつけるゾロなのへ、
そのあまりの爽快さがうらやましくて、
何で何でといつも訊いてたルフィさん。
キンキンに冷やしたソーダやコーラと一緒かな、
いやいや、そっちはどういう銘柄を選んでも、やっぱり甘い。
炭酸の強いのだと、お腹がいっぱいになってしまうから勿体ない
…という辺りは何とも食いしん坊な彼らしい感慨ではあったが。(笑)
ビール自体を飲んでみたことはある。
だってこう見えてももう成人なんだしねと、
ゾロはあんまりいい顔はしなかったが試したところが

 『…苦い。』
 『ほれみろ。』

ゾロにしてみりゃ、何で“苦い”かが判らないものの、
ずんと甘党の彼だからしょうがないのかも。
だっていうのに、同じものが飲みたいというお顔をするものだから、
う〜んと首をひねったその末に、

 『じゃあ、こういうのはどうだ。』

自分用だと砂糖なんて入れないし、炭酸は申し訳程度しか注がぬレシピ。
それをうんと薄く薄く作ってやったところが、

 『あ、これ美味しいvv』

何とかお気に召したらしくって。
そんなこんなで、この夏からは一緒に晩酌としゃれ込んだ二人であり。

 「言っとくけどそれは酒なんだからな。
  ジュースみたいにがぶがぶ飲むなよ?」

釘を刺しつつ、ああでもなあと、
ご満悦そうなお顔にうんうんと見惚れ、

 “暑い暑いと文句言いだす前に沈没しちまうからな。”

そこがちょっとばかり残念だから、
無茶な飲み方はするなよと、
薄いのを自ら作ってやっているのであり。

 「判ってるってvv」

揚げ物に合う口当たりの良さもあるし、
大人になったような気がするのも嬉しいか、
ただただご満悦の奥方なのへ。
ああ、これもまた今年ならではな夏要素だったなぁなんて、
嬉しそうな苦笑が止まらない御亭主様だったそうである。




  〜Fine〜  15.08.29.


 *モヒート (Mojito)というのは、
  ラムをベースとしたカクテルの1種で、
  キューバのハバナが発祥の地。
  有名なカクテルなので、他にもレシピはいろいろある。
  他のお部屋のお話でよく出してたお酒で、
  これならルフィさんでも飲めるかなと。
  サンジママはきっと一滴たりとも飲ませてません。
  だって出会った時が中学生で、
  そのまま歳を取ってなかったんですものねぇ。
  なので、当然の理屈で“未成年に飲ませられるか”だったと思われます。

  ちなみにもーりんは
  モヒートは飲んだことないですあしからず。
  ビール以外のお酒と言えば、ジントニックが好きでした。


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